和温療法研究所
所長 鄭 忠和

 平成24年(2012年)に鹿児島大学大学院・循環器呼吸器代謝内科教授を定年退職後、ライフワークの「和温療法」の確立と普及をめざし、多くの患者さんの福音となることを願い、それを実現する活動の場として和温療法研究所を開設致しました。

平成元年(1989年)1月、「死ぬ前に一度温泉に入りたい」と切望する重症心不全の患者さんとの出会いがご縁で、それ以来、慢性心不全に対する温熱療法の開発に取り組んでまいりました。その後、温熱療法に関する臨床研究や基礎研究を積み重ねて、様々な難治性疾患に対する効果を明らかにして、癌に対する局所の温熱療法と区別するために、平成19年(2007年)3月に「温熱療法」から「和温療法」と名称を変更致しました。和温療法はまさに「和む・温もる全身療法」であり、その意味を正しく理解していただくことが名称変更の理由でした。それから和温療法は国内外で認知されるようになりました。

 平成24年(2012年)3月、鹿児島大学を退職するまでの23年間に、延べ5万人を越える様々な患者さんに和温療法を実施し、幸いに多くの患者さんの回復に貢献することができました。和温療法の特筆すべき点は、通常の治療に抵抗性の様々な難治性疾患の患者さんに対して、驚く効果を発揮することです。治療は西洋医学でも東洋医学でも、患者さんに痛みや我慢を強いることはごく普通のことです。これに対して和温療法は安全で副作用の無い優しい治療法で、まさに「和む・温もり」療法です。その効果発現には遺伝子レベル、分子レベル、細胞レベルで関与し、全身の血管内皮機能の改善、毛細血管新生作用の促進、自律神経機能および神経体液性因子の是正、免疫能の亢進など多彩な作用を発揮します。さらに心身のリラクゼーション効果をもたらし、難治性疾患患者のストレスを軽減し、心身の癒しを提供する全人的治療法です。

 平成22年(2010年)に改訂された慢性心不全に対する日本循環器学会ガイドラインで、和温療法はクラス1治療(有効)として記載され、積極的に推奨される治療として循環器専門医から承認されました。そして平成24年(2012年)に慢性心不全に対する「高度先進医療B」として承認されました。そして全国の16大学病院を含む19の施設で「慢性心不全に対する多施設前向き無作為比較臨床治験」を実施し、安全と有効性が確認されました。さらにメーヨ・クリニックのサブ解析で、血管内皮機能障害合併有する心不全でその効果はより明瞭であることが判明しました。

 令和2年(2020年)、和温療法の開発から30年余りの年月を重ね、最終的に「慢性心不全に対する和温療法」は新規保険収載され、標準治療として承認されました。慢性心不全以外にも様々な難治性疾患(例えば、閉塞性動脈硬化症に伴う疼痛や潰瘍、冠攣縮性狭心症、繊維筋痛症、慢性疲労症候群、術後腸閉塞、唾液分泌不全など)にも有効であることが明らかにされており、今後、多施設治験を施行してエビデンスを重ねる必要があります。

 現在、医療現場は臓器別診療が中心です。各専門領域の技術革新は益々超高齢社会を促進すると思われます。医学の進歩が健康長寿を促進することは大変すばらしいことですが、人は誰でも人生を閉じる前の介護寿命は避けられません。超高齢社会になるほど介護寿命の期間は延長します。長寿が幸せ(福寿)であるためには、各臓器の修復だけでなく、全身の回復、心・精神を含めた全人的回復が不可欠です。そのために全人的医療は欠かせません。

 和温療法は安全で優しい全人的医療であり、超高齢化社会を支える福寿医療であると信じています。和温療法の普及にご理解とご支援をいただければ大変光栄です。